静かな箱舟 ― 異常気象の星で生きるために

異常気象と、生のリズムの乱れについて

近年の空は、どこか様子が違う。 雨は降るべき時に降らず、ある日突然、暴風雨に襲われる。季節の歩みが、どこかで乱れている。 そのわずかなずれが、やがて生きものたちの命の鎖をゆっくりとほどいていく。 異常気象は、作物や田畑の成長に深く影を落としている。 かつて自然が教えてくれたリズム——芽吹き、開花、実り——その循環が崩れ始めている。 共に生き、助け合ってきた生物たちの関係が、静かにほころんでいくのだ。 たとえば、春。 果実の花が咲いても、受粉を担うミツバチたちはまだ巣の奥にいる。 成虫になれず、彼らの羽が動かないのだ。 その結果、花は受粉できず、実を結ばない。 やがて、その果実は姿を消す。 百年後の子どもたちは、もしかすると「リンゴって何?」と尋ねるかもしれない。 一方で、ミツバチもまた困難にある。 花粉を集められず、巣に食糧を蓄えられない。 卵を産んでも、幼虫を育てる蜜がない。 巣穴を塞ぐ材料を得られず、外敵が入りやすくなる。 餓死した幼虫が残る巣の中に、風が通り過ぎていく。 自然の小さな歯車が、静かに、かすかな音を立て始めている。 こうした連鎖の果てに、マクロな生態系―― いわば「地球という生命の仕組み」そのものが崩れていく。 人間の営みもまた、その小さな営みの上に成り立っている。 ハチの一振りの羽音があってこそ、私たちは果実を口にできる。 人が筆で受粉を試みても、ミツバチのような繊細な作業はできない。 わずかな違いが、やがて果実の形と味を変え歩留まりを下げる。 それは市場の価格に響き、農家の経営をも揺らす。 自然の手の代わりを、人の手が完全に果たすことは難しい。 では、私たちは何をすべきだろう。 共生のサイクルを取り戻すために、ミツバチたちが安心して受粉できる環境を整える。 そのためには、巣箱の中の温度や湿度、気圧を自然に近づける必要がある。 人が作り出す環境制御システムが、彼らの世界を守る壁となるかもしれない。 泥や巣材、蜜や花粉を安定して得られるよう支援する。 それが、共に生きるということの現代的な形なのだろう。 この「整える」という行為こそ、 共生を維持するための、人間の新しい祈りである。 今、異常気象は人間にとっても避けられぬ課題になった。 野菜も魚も、自然の中では安定して育たなくなっている。 そのため、私たちは自然を模した環境―― いわば「小さな地球」を建設し、野菜や魚を育て始めている。 「小さな箱舟」を知らずしらずの間に人間のために創っているのだ。 野菜でいえば、土に代わって水で育てる「水耕栽培」が広まりつつある。 だが現実には、栽培が容易な葉物野菜ばかりが選ばれている。 理由の一つは、いちごのような繊細な果菜類を育てる熟練者が少ないことにある。 高度な設備を整えても、肝心の「人の知」が追いつかない。 その結果、多くの施設が採算を合わせられずに終わる。 技術だけでは、自然の理を補いきれないのだ。 けれど、希望もある。 AIと環境制御装置の力を借りれば、
AIは一瞬にして各生物の成長に応じた環境要素を世界中から集め 適正値を導き出す。
それは人間には決して真似できない、もう一つの”知恵”だ。 各生物の成長時期に応じた光・温度・湿度・CO₂などを、正確に再現できる時代が来ている。
例としてイチゴの成長に合わせた環境要素をあげる。
このような栽培熟練者のノウハウをAIは一瞬にして導き出してくれる。
これは単なる機械化ではなく、 人と自然の知恵がもう一度手を取り合うための道具かもしれない。 異常気象の中で、生きものたちが生き延びている今のうちに、 それぞれの適性環境を記録し、学び、次の世代に残すべきだ。 それが、私たち人間に課せられた「復元の義務」だと思う。 壊してしまった自然の秩序を、もう一度取り戻すために。 結びに ミツバチの羽音の奥には、 人と自然が長い時をかけて育ててきた「約束」がある。 それを守ることこそ、 いまを生きる私たちに託された、 静かな使命なのかもしれない。
その羽音は、遠い未来へと続く祈りのようにも聞こえる。 251027 KEIICHI