森の樹木の情報通信

樹木は根から土の中の菌根菌を使い他の樹木と情報交換しています。

樹木は菌根菌(きんこんきん)という共生菌類を通じて、他の樹木と栄養や情報を交換していることが、近年の研究で明らかになっています。このネットワークは「ウッド・ワイド・ウェブ(Wood Wide Web)」とも呼ばれています。
基本的な仕組み
  • 菌根菌は土壌中で樹木の根と共生し、菌糸を通じて土中に広く張り巡らされます。
  • 菌根菌はリン酸や窒素などの栄養素を土壌から吸収して樹木に提供し、代わりに樹木から光合成産物(糖類など)を受け取ります。
  • この菌糸ネットワークは異なる種の樹木同士もつなげており、病害虫の襲来情報や乾燥などのストレス信号を伝えることができます。
具体的な研究例
  • スザンヌ・シマード博士(カナダの森林生態学者)の研究では、母樹(大きな古い木)が周囲の若木に糖分を分配し、成長を助ける行動が確認されています。
  • また、ある樹木が虫害にあった際に、隣の樹木が防御物質を事前に生産し始める例も報告されています。
このようなネットワークは森林全体の健全性や回復力の向上に大きな役割を果たしており、最新の森林管理にも影響を与え始めています。
1. 菌根菌(きんこんきん)とは?
  • 菌根菌は、樹木の根と共生する土壌中の菌類(主にカビやキノコの仲間)です。
  • 共生の形には主に2種類あります:
種類特徴共生する植物
外生菌根菌(ectomycorrhiza)根の表面に菌糸を張り、細胞の間に入り込む主に針葉樹やブナ、ナラなど
内生菌根菌(arbuscular mycorrhiza)根の細胞内に入り、樹状構造を形成多くの草本植物や一部の広葉樹
  • 彼らは微細な菌糸で土壌中を広範囲に探り、植物単体の根では吸収しにくいリン酸、窒素、水分を効率的に集めます。

2. ウッド・ワイド・ウェブ:森林における地下ネットワーク

  • 菌根菌の菌糸は、異なる個体や異なる種の樹木の根同士を物理的に接続します。
  • このネットワークは、森全体を「ひとつの生命体」のようにまとめ、次のような働きをします:
    • 栄養の共有:
    • 光合成の盛んな木が余分な糖を、日陰で育つ木や病気の木に分配する。
    • 母樹(老齢樹)が自分の子孫(実生)に炭素を与え、成長を支援。
    • 危険信号の伝達:
    • 一部の樹木が害虫に襲われると、その情報が菌糸ネットワークを介して周囲に伝わり、他の木が**防御物質(タンニンなど)**を事前に生成。
    • 乾燥や病気、火災の兆候なども共有される可能性があると考えられています。

3. なぜこんなことをするのか?(進化的意義)

  • 自分の子孫や仲間を助けることで、種全体の存続や森の安定性を高められる。
  • 菌根菌側も、つながる木が多いほどより多くの糖を得られるため、ネットワーク拡張は「Win-Win」の戦略といえます。

4. 研究事例と科学的根拠

  • *スザンヌ・シマード博士(カナダ)**の実験:
    • 炭素に放射性同位体を用いて、「ある木から別の木へ炭素が移動している」ことを実証。
    • とくに親子関係(母樹と若木)での炭素共有が顕著。
  • ネットワーク中心性
    • 大きな老木は菌根ネットワークの中心となり、いわば「ハブ」のような役割を果たしている。
    • これを「ハブ・ツリー(Hub Tree)」と呼びます。

🌲 他の木からの警告を受け取った木が行う行動
他の木から病害虫の襲来情報(例:虫害や病原菌の侵入など)を受け取った木は、以下のような自己防衛反応を起こすことが知られています。これは「植物の情報ネットワーク(Wood Wide Web)」を通じた高度なコミュニケーションの一部です。
  1. 防御物質(化学物質)の事前生産
  • 病害虫が来る前に、フィトアレキシン(抗菌・抗虫性のある化合物)やタンニン、アルカロイド、酵素抑制物質などを作り始めます。
  • たとえば:
    • オークの木は、毛虫の被害を受けた隣の木から警告を受けると、自らの葉に防虫成分(タンニンなど)を蓄積。
    • トマトは被害を受けた仲間からの信号で、葉にプロテアーゼ阻害剤(消化を妨げるタンパク質)を生成。
  1. 揮発性有機化合物(VOC)の放出
  • 自分自身も空気中にジャスモン酸誘導体やメチルサリチル酸などを放出し、さらに周囲の植物へ警告を拡散します。
  • 同時に、これらの化合物は捕食者(例:アブラムシを食べるテントウムシ)を呼ぶシグナルにもなります。
  1. 遺伝子の活性化
  • 他の木から受け取った「防御信号」は、木の細胞核内で防御関連遺伝子のスイッチをONにします。
  • これにより、病原体の感染をブロックする細胞壁の強化や、抗菌タンパク質の合成が促されます。
  1. 根からの分泌物調整
  • 一部の植物は、根圏微生物(有益菌)を増やす分泌物を強化し、病原菌の侵入を抑える微生物環境を形成します。
  • 例:病害虫ストレスを受けたトウモロコシは、根から「ベンズオキサゾール誘導体」を分泌して、土壌微生物群を有利に変化させる。
🔄 情報伝達の仕組み
経路内容
空気中VOC(揮発性有機化合物)によるシグナル伝達
土中ネットワーク菌根菌ネットワークを通じた「化学信号」の伝達
根の分泌物他個体への直接化学刺激
📌 結論
木は、他の木から病害虫の襲来情報を受け取ると、自衛のために化学的防御を強化し、周囲への警告も行います。このような植物間コミュニケーションと共同防御行動は、森林全体の健全性を高める高度な自然戦略といえます。
補足:人間活動と菌根ネットワークの影響
  • 森林伐採や土壌の掘削、除草剤の使用などにより、このネットワークは破壊されやすく、森林の再生力や気候変動への耐性が落ちる可能性もあります。
  • 一部の再生農業やパーマカルチャーでは、この菌根菌との共生を意図的に活かす栽培法も取り入れられています。
菌根菌ネットワークを果樹園土壌調整に活かす
菌根菌ネットワークを活用する事でミカン、ブドウ等の各種果樹園の土壌を快適化させる可能性を秘めています。

人間活動と菌根ネットワークの影響

  • 森林伐採や土壌の掘削、除草剤の使用などにより、このネットワークは破壊されやすく、森林の再生力や気候変動への耐性が落ちる可能性もあります。
  • 一部の再生農業やパーマカルチャーでは、この菌根菌との共生を意図的に活かす栽培法も取り入れられています。

菌根菌ネットワークを活用しミカン、ブドウ等の果実畑の土壌を活性化させる可能性を秘めています。

例:”ブドウ果樹園”への活用

ブドウ果樹園における菌根菌ネットワーク(マイコリザル・ネットワーク)を最適化するためには、土壌の物理性・化学性・生物性を総合的に整えることが重要です。以下に、効果的な土壌成分と管理手法を示します。

🍇 菌根菌ネットワークを強化するための土壌成分と管理手法

  1. リン酸の適正管理
  • リン酸の過剰施用を避ける
土壌中のリン酸が過剰になると、植物は自力でリン酸を吸収できるため、菌根菌との共生が抑制されます。そのため、リン酸の施用は控えめにし、土壌中のリン酸濃度を適切に保つことが重要です。
  • リン酸の固定を防ぐ
火山灰由来の黒ボク土などでは、リン酸が鉄やアルミニウムと結合して不溶性となり、植物が吸収できなくなる「リン固定」が起こりやすいです。このような土壌では、菌根菌がリン酸を溶出する酵素を分泌し、植物へのリン酸供給を助けます。
  1. 有機物の施用
  • 腐植質の供給
有機物(堆肥、緑肥など)を施用することで、土壌の腐植質が増加し、菌根菌の生育環境が改善されます。腐植質は土壌の団粒構造を形成し、通気性や保水性を向上させます。
  • 過剰な施肥の回避
化学肥料の過剰施用は、土壌微生物のバランスを崩し、菌根菌の活動を抑制する可能性があります。特に、リン酸や窒素の過剰施用は避けるべきです。
  1. 耕起と農薬の管理
  • 省耕起・不耕起の実践
過度な耕起は、菌根菌の菌糸ネットワークを破壊する可能性があります。省耕起や不耕起を実践することで、菌根菌のネットワークを維持しやすくなります。
  • 農薬の使用を最小限に
殺菌剤や除草剤の過剰使用は、菌根菌を含む有益な土壌微生物に悪影響を与えることがあります。必要最小限の使用にとどめ、土壌微生物の多様性を保つことが重要です。
  1. 被覆植物の活用
  • 草生栽培の導入
果樹園の下草として被覆植物を育てることで、土壌の有機物が増加し、菌根菌の生育を促進します。また、被覆植物は土壌の侵食防止や水分保持にも寄与します。
  1. 菌根菌資材の活用
  • 菌根菌とパートナー細菌(PB)の接種
菌根菌の胞子や、それと共生するパートナー細菌(PB)を含む資材を施用することで、菌根菌ネットワークの形成を促進できます。これにより、植物の養水分吸収が向上し、病害虫への抵抗性も高まります。

✅ まとめ

ブドウ果樹園における菌根菌ネットワークを最適化するためには、以下の点に留意した土壌管理が効果的です:
  • リン酸の適正管理とリン固定の防止
  • 有機物の施用による腐植質の増加
  • 省耕起・不耕起の実践と農薬使用の最小限化
  • 被覆植物の活用による土壌環境の改善
  • 菌根菌資材の施用による菌根菌ネットワークの強化
これらの施策を組み合わせることで、ブドウの品質向上や収量増加が期待できます。

どれ位の速度で通信しているの?

菌根菌ネットワークを介した情報交換の速度については、電気信号や化学信号の伝播速度によって異なります。以下は現在の研究に基づいた推定値です:

■ 菌糸を通じた情報伝達の速度(推定)

情報の種類推定速度備考
電気信号約 0.5~5 cm/秒菌糸内で観測された電位変化(電気スパイク)による伝達(※)
化学信号(ホルモン・揮発性物質)数時間~数日シグナル物質が菌糸を通じて伝わる速度。主に防御応答関連。

※研究事例:

  • 2019年の研究(Adamatzky et al.)では、菌類(特にキノコの菌糸)で電気的スパイク(action potential-like signals)を記録し、その速度が数センチ毎秒であることが示されています。
  • シマード博士の実験では、樹木間での炭素移動数日間で観測されており、これは化学的な輸送がゆっくりと進むことを示しています。

補足:動物の神経と比較すると?

  • 樹木や菌類の情報伝達は、動物の神経伝達(数十~数百 m/秒)と比べると極めて遅いですが、森林全体のような長期的な生態系の維持には十分な速度です。

菌根菌ネットワークにおける情報や栄養の「量」や伝達方法の違いについて、さらに詳しく解説します:

1. 炭素(糖など)の移動量と速度

■ 実験例(スザンヌ・シマード博士の研究)

  • ¹³CでラベルしたCO₂をある木に与え、別の木に炭素が移動する様子を追跡。
  • 数日後には、隣接する木の根や葉にも炭素が検出されました。
  • 1本の若木が母樹から受け取る炭素は最大で自身の必要量の約40%にも達することがあります。
例:1日に母樹が10gの糖を光合成で作るとして、4g近くを菌糸ネットワーク経由で他の木に供給する場合もある。

2. 化学シグナル vs. 揮発性有機化合物(VOCs)

伝達手段経路媒介物質特徴速度
菌糸ネットワーク内の化学シグナル土中の菌糸ジャスモン酸、サリチル酸、タンニン前駆体など指定した隣接個体への伝達。方向性が高い数時間~数日
揮発性有機化合物(VOCs)空気中メチルジャスモネート、エチレンなど風で拡散。周囲の植物にも作用。数分~数時間

■ 実例:

  • イチョウのような木がアブラムシに食害されると、ジャスモン酸系の揮発性物質が放出され、周囲の木があらかじめ防御化合物(タンニンなど)を蓄積する。
  • 同じような信号が、菌糸ネットワーク経由でも到達していることが確認されています。

3. 電気信号とその意味

  • 菌糸体(菌根菌の一部)は電気スパイクを発生させることができ、まるで神経系のように環境変化(傷害、水分変動)に応答します。
  • この信号が菌糸全体を通じて伝播し、菌糸ネットワークの構成や栄養分配を調整する可能性が指摘されています。
  • 速度:おおむね 0.5〜5cm/秒

4. ネットワーク構造と伝播範囲

  • 菌糸ネットワークの広がりは、数平方メートル〜数百平方メートルにおよぶことがあります。
  • 一本の古木(ハブツリー)は、数十本の若木と接続しており、炭素や情報の中心的な中継点となっています。

情報の流れやネットワーク構造を示す図
「IoT WEB PLC」御案内「IoT WEB PLC」御案内2023/6/6 15:272025/5/0 15:12